さて、今年も残り一日となりました。
来年は寅年です
がお〜。
なので麻雀も猛獣のようにアグレッシブに攻めるスタイルで行きたいですね。
ちなみに今年は牛年ということもあり、牛歩スタイルでうわ、何をすくぁwせdrftgyふじこlp;@
09年最後の記事ということで、少し奇を衒ったことを書きたいな〜なんて思ったり。
「麻雀に流れはあるのか?」
一時期こんな議論が麻雀界の中で盛り上がっていたように思う。
2ちゃんねるでも4年ぐらい前かな、そういうスレがあり、僕もずっと読んでいたことがあった。
流れ肯定派というのは、デジタル派に馬鹿にされる存在でしかなかったように思う。
雀ゴロ親父が牌効率もまともに理解していないから持ち出す理屈、と言ったふうに。
確かに「流れ」というのは非科学的であり、肯定派はどうしても肩身が狭い。
デジタル派からすれば、流れなんていうのは真っ先に切り離すべき存在だろう。
そういう思い込みを捨てることこそが、デジタルの第一歩、という教訓さえ語られる。
しかし、もう少し視野を広げて、緩やかに見て欲しい。
例えばである。
あなたはオーラス北家でトップ目。
2着目とは11,000点差。
どのようにしてこのリードを守るのか。
8巡目あなたはテンパイする。












ツモ
ドラ
ペン七でリーチをかける? それともダマ? いっそ98落として手変わり待ち?
一概にそんなもの分かるはずがない。
・・・だろうか?
だが、ここで流れを読むことで正着が見えてくる。
もし他家の手牌が同一であったとしても、突っ張ってくるか、それともオリるのかという流れが見えてくる。
・・・・おめぇ、頭ダイジョーブか(孫悟空風)?
しかし、これがあながち冗談でなかったり。
例えばである。
東家25,000 南家19,000 西家20,000 北家(あなた)36,000
こんな状況でもしリーチを掛けるとどうなるか?
そうすれば高確率で親がオリてくれる。
親の手牌がある程度まとまっていたとしても、だ。
なぜなら親は流局すれば2着キープ、もし放銃すればラス落ちまであるからだ。
リーチという掛け声がトリガーとなって、親がオリるという流れを作ることができる。
東家19,000 南家25,000 西家20,000 北家(あなた)36,000
今度はどうだ?
今度はリーチを掛けたところで、親は止まってくれないだろう。
手牌がバラ手であったとしても、かなり突っ張ってくるはず。
すると、満貫ツモで捲くられるリスクや、親満直で3着転落になるというリスクの方が怖い。
リーチは打てない。
野球においても、解説者がしばしば「流れ」という言葉を口にすることがある。
6回裏、ノーアウトで四球によってランナーが一塁に出た。
これが0-0の場面であれば、バントをしてくる可能性が非常に高い。
しかし、5-1で負けている側の攻撃なら、バントの可能性はほぼゼロに近い。
このように状況によって、相手の動きを予測することは可能である。
それが「流れを読む」ということではないだろうか?
そしてただ流れを読むだけじゃなく、意図的に自分の有利な方向に誘導していく。
先ほどの例で言えば、ペンチャンリーチを掛けることで親がオリるという流れを作る。
流れ論というのは、そういったゲームメイク力のことだと言えないだろうか。
自分一人の視点からではなく、他家の立場に立って考える。
自分の手牌だけを見ていても分からない。他家との点数差を見ていても分からない。
「2着と11,000点差だから、親満アガられたらアウト。満貫振っても2着。」デジタル的に分かるのはここまでだ。
もしリーチを掛けたら2着目の親がどう対応するか、ここまで掘り下げて想像すること。これもアナログ的論理思考であると言える。
A HAPPY NEW YEAR。来年もまた当ブログを読みに来てください(*´ω`*)
来年は寅年です
がお〜。なので麻雀も猛獣のようにアグレッシブに攻めるスタイルで行きたいですね。
ちなみに今年は牛年ということもあり、牛歩スタイルでうわ、何をすくぁwせdrftgyふじこlp;@
09年最後の記事ということで、少し奇を衒ったことを書きたいな〜なんて思ったり。
「麻雀に流れはあるのか?」
一時期こんな議論が麻雀界の中で盛り上がっていたように思う。
2ちゃんねるでも4年ぐらい前かな、そういうスレがあり、僕もずっと読んでいたことがあった。
流れ肯定派というのは、デジタル派に馬鹿にされる存在でしかなかったように思う。
雀ゴロ親父が牌効率もまともに理解していないから持ち出す理屈、と言ったふうに。
確かに「流れ」というのは非科学的であり、肯定派はどうしても肩身が狭い。
デジタル派からすれば、流れなんていうのは真っ先に切り離すべき存在だろう。
そういう思い込みを捨てることこそが、デジタルの第一歩、という教訓さえ語られる。
しかし、もう少し視野を広げて、緩やかに見て欲しい。
例えばである。
あなたはオーラス北家でトップ目。
2着目とは11,000点差。
どのようにしてこのリードを守るのか。
8巡目あなたはテンパイする。












ツモ
ドラ
ペン七でリーチをかける? それともダマ? いっそ98落として手変わり待ち?
一概にそんなもの分かるはずがない。
・・・だろうか?
だが、ここで流れを読むことで正着が見えてくる。
もし他家の手牌が同一であったとしても、突っ張ってくるか、それともオリるのかという流れが見えてくる。
・・・・おめぇ、頭ダイジョーブか(孫悟空風)?
しかし、これがあながち冗談でなかったり。
例えばである。
東家25,000 南家19,000 西家20,000 北家(あなた)36,000
こんな状況でもしリーチを掛けるとどうなるか?
そうすれば高確率で親がオリてくれる。
親の手牌がある程度まとまっていたとしても、だ。
なぜなら親は流局すれば2着キープ、もし放銃すればラス落ちまであるからだ。
リーチという掛け声がトリガーとなって、親がオリるという流れを作ることができる。
東家19,000 南家25,000 西家20,000 北家(あなた)36,000
今度はどうだ?
今度はリーチを掛けたところで、親は止まってくれないだろう。
手牌がバラ手であったとしても、かなり突っ張ってくるはず。
すると、満貫ツモで捲くられるリスクや、親満直で3着転落になるというリスクの方が怖い。
リーチは打てない。
野球においても、解説者がしばしば「流れ」という言葉を口にすることがある。
6回裏、ノーアウトで四球によってランナーが一塁に出た。
これが0-0の場面であれば、バントをしてくる可能性が非常に高い。
しかし、5-1で負けている側の攻撃なら、バントの可能性はほぼゼロに近い。
このように状況によって、相手の動きを予測することは可能である。
それが「流れを読む」ということではないだろうか?
そしてただ流れを読むだけじゃなく、意図的に自分の有利な方向に誘導していく。
先ほどの例で言えば、ペンチャンリーチを掛けることで親がオリるという流れを作る。
流れ論というのは、そういったゲームメイク力のことだと言えないだろうか。
自分一人の視点からではなく、他家の立場に立って考える。
自分の手牌だけを見ていても分からない。他家との点数差を見ていても分からない。
「2着と11,000点差だから、親満アガられたらアウト。満貫振っても2着。」デジタル的に分かるのはここまでだ。
もしリーチを掛けたら2着目の親がどう対応するか、ここまで掘り下げて想像すること。これもアナログ的論理思考であると言える。
A HAPPY NEW YEAR。来年もまた当ブログを読みに来てください(*´ω`*)
アナログ的論理思考とは、言い替えるなら想像力・洞察力である。
例えば、他家がテンパイしているかどうかを推測するとき。その精度が高ければ高いほど、押し引きを正確に判断することができる。
失敗例。

中は場イチ。どのターツを払っていくのが正解だろうか。
まず考えることは、6中のシャボを残すのか、(3467)の二度受けターツを残すのかである。
僕が注目したのは6の鳴きやすさだ。
対面が何を123をチーして何を狙っているのかはちょっと分からない。が、上家と対面が6をツモればまず切り出されるように思う。
この6中のシャボターツは強いので残したい。でははずすべきは(34)、(67)の内のどちらか?
っとここで時間切れのカチカチが鳴りまくったため、慌ててマウスカーソルに近い右側の(6)を切った。
(おいおい牛歩かよ勘弁してくれって思った人はこちらをクリック)
(34)と(67)、どちらをはずすかを決めるということは、つまり(2)と(8)どちらが他家に使われていないかを推測するということだ。
そこでポイントとなるのは、上家の(7)トイツ落とし。
少なくとも上家は(8)を持っているとは考えにくい。
(788)から(8)が暗刻になれば(7)は切り出されるが、トイツ落としなのでその線もない。
上家以外も、(7)が3枚壁となっているために(8)を使いづらい。

実際には(2)は他家に3枚使われて、(8)は山に残っている。
この(8)を捉えて5200をアガれていなければならない。
が、結果は僕が1000点を放銃。
重複になるが、デジタル的には(34)落としと(67)落としに差はない。
(2)よりも(8)が山に多く残っているということを探り出すのは、アナログ的思考によるアプローチである。
これによって5200のアガりと、1000点の放銃という明暗がはっきりと分かれてしまう。
東3局 東家 5巡目 ドラ












ツモ
ドラ九がトイツのチャンス手。さて何を切るか。
うーん、牌効率的には2だろうか。
しかし生の状況を見てもう一度考えて欲しい。

例えば、他家がテンパイしているかどうかを推測するとき。その精度が高ければ高いほど、押し引きを正確に判断することができる。
失敗例。

中は場イチ。どのターツを払っていくのが正解だろうか。
まず考えることは、6中のシャボを残すのか、(3467)の二度受けターツを残すのかである。
僕が注目したのは6の鳴きやすさだ。
対面が何を123をチーして何を狙っているのかはちょっと分からない。が、上家と対面が6をツモればまず切り出されるように思う。
この6中のシャボターツは強いので残したい。でははずすべきは(34)、(67)の内のどちらか?
っとここで時間切れのカチカチが鳴りまくったため、慌ててマウスカーソルに近い右側の(6)を切った。
(おいおい牛歩かよ勘弁してくれって思った人はこちらをクリック)
(34)と(67)、どちらをはずすかを決めるということは、つまり(2)と(8)どちらが他家に使われていないかを推測するということだ。
そこでポイントとなるのは、上家の(7)トイツ落とし。
少なくとも上家は(8)を持っているとは考えにくい。
(788)から(8)が暗刻になれば(7)は切り出されるが、トイツ落としなのでその線もない。
上家以外も、(7)が3枚壁となっているために(8)を使いづらい。

実際には(2)は他家に3枚使われて、(8)は山に残っている。
この(8)を捉えて5200をアガれていなければならない。
が、結果は僕が1000点を放銃。
重複になるが、デジタル的には(34)落としと(67)落としに差はない。
(2)よりも(8)が山に多く残っているということを探り出すのは、アナログ的思考によるアプローチである。
これによって5200のアガりと、1000点の放銃という明暗がはっきりと分かれてしまう。
東3局 東家 5巡目 ドラ













ツモ
ドラ九がトイツのチャンス手。さて何を切るか。
うーん、牌効率的には2だろうか。
しかし生の状況を見てもう一度考えて欲しい。

ほんの少しの差しかないようで、そのほんの少しの差によって結果が大きく変わってくる。
麻雀とはそういうものである。
例えばイーシャンテンでリャンメンターツが3つ残っているとき。
三四 67 (56)
どのターツを外すのか?
河に捨てられている枚数を数えて選択する。
これが最もシンプルなデジタル的(=数値化できる)思考法である。
なるほど、これなら確かに迷いようがない。
河に捨てられている数を数え残り枚数を算出することは、20までの引き算ができれば誰でも回答できる。
そう考えると、麻雀なんて誰が打っても変わらないゲームのように思う。
しかし、考慮することは決してそれだけではない。
他家が手牌にどの牌を多く持っているか、テンパイしたとき他家が捨て易いのはどれか、また自分の捨て牌の様相なども考慮すべきファクターだと思う。
これらを数値で表すことは出来ない。数値で表せられないということは、絶対化できないということ。つまり大小の答えを出すことができない。人それぞれの経験や勘などによって決められる。いわば、アナログ的領域ということになる。
結論から先に言う。
僕はこのアナログ的領域の差が、強者の実力を左右していると思う。
初心者、中級者から上級者になるまでに必要なのは牌効率。上級者は牌効率に関しては大体理解している。ほとんど差はない。
強者の紙一重の差を分けるのは、アナログ的思考の差である。(僕程度の実力でこんなことを言うのは少しおこがましいが・・・)
先ほどのリャンメンターツ選択の例に再び戻る。
67と(56)、どちらのターツをはずすべきか考えるとき。
仮に58が河にたくさん捨てられ、残り2枚しかなかったとしたら。
話しは簡単で、67をはずす以外にない。
58残り3枚、(47)残り7枚、これも考える必要はないだろう。
では58残り5枚、(47)残り6枚だったとしたら?
こうなるともう少し厳密に検証してみる必要がある。
例えば、下家がピンズのホンイツを狙っている。
・テンパイしたときには、ピンズよりソーズで待ちたい。
・しかし、もしピンズターツをはずせば、下家に鳴かれて手を進ませるかもしれない。
・(47)は下家が手牌に持っている可能性が高く、58を持っている可能性は低い。
こういった読みを総合して、結論を出すことになる。
つまりデジタル的に優劣が決まってしまう領域があり、そこから先には各人の読みによって決定される領域がある。
麻雀とはそういうものである。
例えばイーシャンテンでリャンメンターツが3つ残っているとき。
三四 67 (56)
どのターツを外すのか?
河に捨てられている枚数を数えて選択する。
これが最もシンプルなデジタル的(=数値化できる)思考法である。
なるほど、これなら確かに迷いようがない。
河に捨てられている数を数え残り枚数を算出することは、20までの引き算ができれば誰でも回答できる。
そう考えると、麻雀なんて誰が打っても変わらないゲームのように思う。
しかし、考慮することは決してそれだけではない。
他家が手牌にどの牌を多く持っているか、テンパイしたとき他家が捨て易いのはどれか、また自分の捨て牌の様相なども考慮すべきファクターだと思う。
これらを数値で表すことは出来ない。数値で表せられないということは、絶対化できないということ。つまり大小の答えを出すことができない。人それぞれの経験や勘などによって決められる。いわば、アナログ的領域ということになる。
結論から先に言う。
僕はこのアナログ的領域の差が、強者の実力を左右していると思う。
初心者、中級者から上級者になるまでに必要なのは牌効率。上級者は牌効率に関しては大体理解している。ほとんど差はない。
強者の紙一重の差を分けるのは、アナログ的思考の差である。(僕程度の実力でこんなことを言うのは少しおこがましいが・・・)
先ほどのリャンメンターツ選択の例に再び戻る。
67と(56)、どちらのターツをはずすべきか考えるとき。
仮に58が河にたくさん捨てられ、残り2枚しかなかったとしたら。
話しは簡単で、67をはずす以外にない。
58残り3枚、(47)残り7枚、これも考える必要はないだろう。
では58残り5枚、(47)残り6枚だったとしたら?
こうなるともう少し厳密に検証してみる必要がある。
例えば、下家がピンズのホンイツを狙っている。
・テンパイしたときには、ピンズよりソーズで待ちたい。
・しかし、もしピンズターツをはずせば、下家に鳴かれて手を進ませるかもしれない。
・(47)は下家が手牌に持っている可能性が高く、58を持っている可能性は低い。
こういった読みを総合して、結論を出すことになる。
つまりデジタル的に優劣が決まってしまう領域があり、そこから先には各人の読みによって決定される領域がある。

南1局のラス目、染め手一直線で2をポンした直後のシーンである。
同巡、上家がすぐさま切った2。
これに注目してほしい。
ここから何が分かるだろう?
9巡目僕は45シャボで満貫のテンパイ。
そして10巡目上家からリーチがかかる。








(リーチ)全て手出し。つまり東、(1)と手出しで切り出してのリーチ。
このリーチが高確率でほぼチートイツであることは容易に分かるだろう。
僕が2をポンした瞬間、上家にとって2は不要牌となったため、切り出されたのだ。
そしてこちらがバレバレの染め手であるにも関わらずリーチをぶつけてきた。
このリーチの待ちの本線はなんだろう?

ここで8を切って飛び終了になってしまうのが僕レベルの限界だろう( ´ω`)
またおあつらえ向きに7が通っている。ここで7を切って36チーのハネ満上がれたらさぞカッコ良かっただろう。
さてまた3連続ラス。情けない限り。

フリテンの九単騎ツモ。
牌譜を見て愕然、もし切ってたら20,000点失っていたんだな。
このアガりはピンチを凌いだ後には幸運がやってくるというシステム?









ポン


2,000点両面待ちならリーチがかかってもほぼ全ツっていう打ち方を今まではしていた。
全ツだからと思い込んで思考停止しちゃいけないってことか。
前回の続き。

タンヤオ赤、これに対々和が絡むかもといった手牌。
仮に七や(5)をポンしたとして、トイトイに受けるのか36両面に受けるのかは難しいところ。
つまりこの手、トイトイに固執するような形ではない。
ならば六をツモった瞬間、すぐさまスイッチを切り替えるべきだった。
4を切って最も手広く受ける。これが正着だと思う。
受け入れは五八七(5)36の6種17枚。
しかし僕はこのとき、六をカンしてトイトイへ向かってしまった。
5種14枚、とは言え、最終形の強さが全然違う。
調子が悪いときに、だんだんスイングが大振りになってくると負けパターンにハマっていく。
