マンズ一~九、ピンズ(1)~(9)、ソーズ1~9と表記。 コメントどしどし待ってます(・ω・ミэ )Эアザラシ ※相互リンクは基本的に行わない方向です(´・ω・`)ショボーン 自分が購読しているブログをリンクに載せようと思っています。

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「後付け戦法」で、後の先をとる。
漫画じゃあるまい、麻雀に必殺技なんてない。


ということで今日は、必殺☆後付け戦法を一つ紹介したい。


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南1局の親番、21500点。
なんとしても連荘したいところ。
しかし、ここで出た東を鳴くのを、グッと我慢した。
こういうバラ手のとき、1枚目の役牌を鳴くのを僕は堪える。

大きな理由の一つは、守備的側面だ。
バラ手でガツガツ仕掛け、他家にリーチをかけられて万事休す、そういった事故に遭わないように、あまりに遠いところから仕掛けることは自重する。

しかし、守備面だけでなく、攻撃面でもメリットはあると思うのだ。
それは鳴かないことで、牌を1枚多く保有できるということ。
東を鳴けば、1枚牌を切る。
手牌は短くなり、受け入れは狭くなる。
鳴くのを後回しにすることで受け入れを広く保つ。

鳴きまくっているけれどあまりアガれない、といった早仕掛け派の人は、この「後の先をとる」という感覚を意識して欲しい。

a2010041012gm-00a9-0000-d16d06d5tw=0ts=5.jpg

かなり手牌がまとまってきた。
ここからは残り1枚の東に期待して、ガツガツ後付けで仕掛けていく。


「役牌の1枚目をスルーし、他のターツから仕掛け後付けを狙う」
これが後付け戦法である。
手牌が短くなっても、危なくなったら東2枚を安全牌にして脱出することもできる。


この局は運よく面前でテンパイし、7東のシャボで7700のアガりを手にすることができた。
この戦法、もう1枚の東が山のどこに眠っているのかという運に大きく左右される。
成功率は決して高くはない。
鳴いても間に合わないバラ手のときの、非常手段である。
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麻雀に「流れ」はある。
さて、今年も残り一日となりました。
来年は寅年ですがお~。
なので麻雀も猛獣のようにアグレッシブに攻めるスタイルで行きたいですね。
ちなみに今年は牛年ということもあり、牛歩スタイルでうわ、何をすくぁwせdrftgyふじこlp;@

09年最後の記事ということで、少し奇を衒ったことを書きたいな~なんて思ったり。



「麻雀に流れはあるのか?」

一時期こんな議論が麻雀界の中で盛り上がっていたように思う。
2ちゃんねるでも4年ぐらい前かな、そういうスレがあり、僕もずっと読んでいたことがあった。
流れ肯定派というのは、デジタル派に馬鹿にされる存在でしかなかったように思う。
雀ゴロ親父が牌効率もまともに理解していないから持ち出す理屈、と言ったふうに。
確かに「流れ」というのは非科学的であり、肯定派はどうしても肩身が狭い。
デジタル派からすれば、流れなんていうのは真っ先に切り離すべき存在だろう。
そういう思い込みを捨てることこそが、デジタルの第一歩、という教訓さえ語られる。
しかし、もう少し視野を広げて、緩やかに見て欲しい。



例えばである。
あなたはオーラス北家トップ目
2着目とは11,000点差
どのようにしてこのリードを守るのか。

8巡目あなたはテンパイする。
2m3m4m8m9m8p8p8p4s7s8s3z3z ツモ9s ドラ8s
ペン七でリーチをかける? それともダマ? いっそ98落として手変わり待ち
一概にそんなもの分かるはずがない。



・・・だろうか?



だが、ここで流れを読むことで正着が見えてくる。
もし他家の手牌が同一であったとしても、突っ張ってくるか、それともオリるのかという流れが見えてくる








・・・・おめぇ、頭ダイジョーブか(孫悟空風)?










しかし、これがあながち冗談でなかったり。
例えばである。
東家25,000 南家19,000 西家20,000 北家(あなた)36,000
こんな状況でもしリーチを掛けるとどうなるか?

そうすれば高確率で親がオリてくれる
親の手牌がある程度まとまっていたとしても、だ。
なぜなら親は流局すれば2着キープ、もし放銃すればラス落ちまであるからだ。
リーチという掛け声がトリガーとなって、親がオリるという流れを作ることができる。



東家19,000 南家25,000 西家20,000 北家(あなた)36,000
今度はどうだ?
今度はリーチを掛けたところで、親は止まってくれないだろう。
手牌がバラ手であったとしても、かなり突っ張ってくるはず。
すると、満貫ツモで捲くられるリスクや、親満直で3着転落になるというリスクの方が怖い。
リーチは打てない。



野球においても、解説者がしばしば「流れ」という言葉を口にすることがある。
6回裏、ノーアウトで四球によってランナーが一塁に出た。
これが0-0の場面であれば、バントをしてくる可能性が非常に高い。
しかし、5-1で負けている側の攻撃なら、バントの可能性はほぼゼロに近い。
このように状況によって、相手の動きを予測することは可能である。
それが「流れを読む」ということではないだろうか?



そしてただ流れを読むだけじゃなく、意図的に自分の有利な方向に誘導していく。
先ほどの例で言えば、ペンチャンリーチを掛けることで親がオリるという流れを作る。
流れ論というのは、そういったゲームメイク力のことだと言えないだろうか。

自分一人の視点からではなく、他家の立場に立って考える。
自分の手牌だけを見ていても分からない。他家との点数差を見ていても分からない。
「2着と11,000点差だから、親満アガられたらアウト。満貫振っても2着。」デジタル的に分かるのはここまでだ。
もしリーチを掛けたら2着目の親がどう対応するか、ここまで掘り下げて想像すること。これもアナログ的論理思考であると言える。



A HAPPY NEW YEAR。来年もまた当ブログを読みに来てください(*´ω`*)

【芋】 意味もなくダマ。
最近、意味もなくダマにすることがなんか多い。
例えばこれ
WS000124.jpg

ここで(6)切りダマ。
確かにダマで7700ある。
「3900はリーチ、5200はダマ」なんて言われるぐらいだから、7700ならなおさらダマでいい。
しかしこの局面、既に上家が2フーロしテンパイ濃厚
八(4)シャボはダマにしたからといって出易い待ちでなければ手変わりもほとんどない
これだけダマにする理由がない。
リーチでぶつけていくべきじゃないのか?


WS000125.jpg
こちらに関してはもう意味が全く分からない。
既に他家にリーチをかけられている。
こちらはオリる気は毛頭ない。
にも関わらずダマ、しかもダマザンクシャボ


分からない。
分からないがなぜかダマにしたらアガれるなぜなんだ?


最近思うのは、めくり合い勝負になったとき、アガりをものに出来るか出来ないかの差は本当に大きいということ。
(※ちなみにめくり合いとは、2家以上がオリる気なく和了りか振込みかの勝負に挑むこと。)
自分のアガり、それは即ち他家のアガりを潰したということでもある。
逆に自分がアガれないことは、振り込みという最悪のケースに結びつき、その差は天と地ほどある。


さて、ダマにすることのメリットの話し。
上の場面においてダマにすることの効果とは、第三者にオリを決断させずに向かってきてもうらうこと
上家と自分との一対一となることに比べ、第三者が中途半端に向かってきてくれることは好都合
この第三者の存在は、自分がアガる可能性を生むことに加え、他家に振り込む身代わりにもなってくれる。
リーチをかけてしまうと、自分と上家の二人がせめぎ会う構図が浮き彫りになり残りの二人にオリるきっかけを与えてしまう


「あいつが振り込んだせいでアガり逃した、こんなことならリーチをかけてオロしとけば良かった」なんて言いたくなることもある。
けど、点棒横移動は自分が無傷で済んでいるわけだから、それはそれで幸せなことだ。


まとめるとこういうことになる。
豆ダマサイコー!(いや違うか)

鳳凰卓での戦い方考察
2/20から七段R2000制限の鳳凰卓が実装された。
70戦ほど打った(まだ2日なのにね)感想としては
固い!
とにかく固いですほんと。
枚数少ないけど出アガリ期待のリーチがピンポイントな箇所に押されて負けることがしばしばあったり
安い仕掛けを読みきられてツッパされまくって不利な状況になったりと
簡単に勝たせてくれる展開がほとんどない。

つかこれもう運ゲーなんじゃね?東風で差つけるの無理なんじゃね? とか一瞬思ってしまうぐらいキツい。

ここ半年ぐらいずーっと段位重視で打ってきたんだけど
そのままの打ち方(徹底ラス回避で基本は空気 遅くしても打点好形をできるだけ作る※グッペ打法)
だと通用しないんじゃないかと思って考え直す必要がありそうだ。
もともとやってたR重視の打ち方に戻すほうがRでもはじかれてしまうから効率がいいのかな?

グッペもしくは師匠・・・2着30%越え 3着30%越え ラス19%未満を維持する空気超人


まず特での五段と鳳凰での七段のポイント変動はラスを100とするとこうなる

五段 71.4 :28.6 : 0 : 100
七段 66.6 :33.3 : 0 : 100

さらにこれをひとつ上の六段と八段にしてみる

六段 67.5 : 25 : 0 : 100
八段 60 : 30 : 0 : 100 

五段→六段と七段→八段にはそこまで差はないが2着の価値があがってトップにこだわる必要が少なくなったといえる。
六段→七段と八段→九段の場合は
八段→九段のほうがラスの比重が高くラス回避する必要があるということになる。
またトップ2着3着の差が等価になったことでここでも2着にかなりの価値がある。


んー・・・・?
つまり前よりも空気なぐらいでいいってことかな・・・?
グッペじゃん!グッペでいいんじゃん!
よしこれからもグッペしよう。



当面の目標
鳳凰500戦終了時にラス22%以下 平均順位2.45以下

【芋】 麻雀は序盤の3打
東1局 東家 配牌 ドラ八筒
一一三四五七九 (148) 5 西西 ツモ東
こんな配牌を見たとき、何を思い浮かべるか
第一本線は混一色だと思う。
何はともあれ切る牌は(1)しかない。


2巡目
一萬一萬三萬四萬五萬七萬九萬四筒八筒五索東西西 ツモ三筒
ここは既に勝負どころとなっている。


最初の数巡は何を切っても大差ない、なんて言う人もいるだろう。
逆ではないか?
序盤の数打には手牌の方向性を決めるという重要な意味合いがある。
むしろこの部分にこそ各々の個性が現れるのではないか


配牌を見たときに混一色本線という印象が残っていたなら、2打目に切るのは五索でいい。
5にくっついてのメンツ手より、一西をポンポンしての混一色の方が速いと思うのだ。
無難に東を切る、という手もある。
しかし無難なように見えて、もし東を捨て牌に並べるようなことになれば致命的である。


3巡目
一萬一萬三萬四萬五萬七萬九萬三筒四筒八筒東西西 ツモ二萬
わーい混一色一歩前進、なんて思いながら(4)を切った。
これはとんでもないミスだろう。
二をツモった瞬間に、この手は急に一通も本手となっている。
ピンズのリャンメンターツははずせない。
ならば切るのは東か、しかしマンズ染めを狙ってマンズをツモりながら混一色を削るというのも。
となるとここでドラ八筒切りか。
それもいいが、ここで一萬切りなんてのも面白い気がする。
ドラを温存しながら基本は一通狙い、しかし東を重ねたときのみ混一色に走る。


最初の捨て牌に
一筒東八筒・・・
と並べるか、それとも
一筒五索一萬・・・
と並んでいるか。
同じ手牌でもその後の展開は全く違うものだろう。
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さくらと空 
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